弦巻です。
新しいホームページ、いかがでしょうか?
先日の出演者変更の件、驚かせてしまい申し訳ありません。
小野の舞台を楽しみにされていた方も多かったと思います。自分も、座組み一同も、そして小野自身もそうでした。長く演劇を続けていくと言うことは、こうした一つ一つを乗り越えていくことだと思います。客演でありながら、#5からつい先日の#25果実までレギュラーのように出演してもらっていた小野優がまた弦巻楽団の舞台に立つ日を、どうか楽しみにお待ち下さい。自分もそのお知らせができるように頑張ります。
そして、今回弦巻楽団に初出演することになったyhsの能登英輔さんの演技をどうか楽しみにして居て下さい。考えてみると、実は美唄で一緒の舞台を創作したことはありますが、劇団で一緒になるのは初めてです。出会ってからすでに20年以上経つのに…。札幌を代表する役者の一人として、活躍は今更弦巻が口にするほどもないでしょう。とても達者で、軽やかな役者さんだと思います。弦巻楽団の舞台にどんな化学反応を起こしてくれるか、とても楽しみです。
稽古のボルテージはジワジワと煮込み料理のように煮込まれています。
掘り下げつつ、発見に満ちた稽古です。実験も破壊もない分、実験的で、破壊的と言えるかもしれません。役者が目の前で絡み合う様を見ながら、新たな発見や自分の不勉強、見落としに気づくと言うのは痛快です。
『裸足で散歩』の公演に対して、札幌で演劇や文化に長年携わってきた方々から応援コメントをいただきました。公演ページでそちらもご紹介していきます。ぜひご確認ください。ありがたいと同時に、ひしひしとプレッシャーも感じます。
あらすじ自体にはアクロバティックな仕掛けも、驚くような展開もありません。でも人と人の関わりが、繊細な綾となって繰り広げられます。糸がもつれて、絡まって、一幅の美しいまだらな生地に成っていく。そんな作品です。甘く、でも毒を密かに忍ばせた舞台になりそうです。
稽古すればするほど、読めば読むほど作品の魅力が愛しくなります。
無鉄砲な、若く未熟な夫婦二人の前途。二人そのものの姿。未完成で、危うげで、幼く、正直な二人のぶつかり合いは、未完成であるがゆえにとても眩しく、愛しく思えます。この作品がたくさんの人に愛されている理由が、そこにある気がしています。
何と言っても青井陽治さんの新訳がその瑞々しさに拍車をかけています。これまでの訳と比べると、とても躍動感があります。比喩じゃありません。具体的な意味です。
台詞が運動の最中で発せられている、そんなパワーに溢れています。そうした視点で読むと、改めてこの作品が(あるいはニール・サイモンの戯曲が)持つ普遍性に気づきます。
多分今回、弦巻楽団の『裸足で散歩』を観て「海外の物語だな」と思う人はいても、「50年前の戯曲だな」と思う人はいないでしょう。前者も後者もそう願うことです。
まだまだそこに越えなくてはいけない壁はありますが、見えてはいます。
そんなに愛されている「裸足で散歩」ですが、何故上演された舞台の話をそんなに聞かないのか?その理由もわかります。ヒロイン、コリーの存在です。
奔放で、情熱的で、そしてそれが押し付けがましさだけじゃなく魅力でもあるコリーを体現できる女優さんの存在がこの公演の大きな鍵となります。
弦巻楽団でもその壁はとても大きな壁でした。今回、その壁を越えるべく一大オーディションを敢行しました。弦巻楽団として初めてのことで、ありがたいことに魅力的な、今まで出会っていなかった女優さんにたくさん出会えました。可能性をたくさん感じました。コリーとしてじゃなくても、別な役で、別な作品で共同作業をしたいなと思う方がたくさんいました。
約20名ほどの応募の中から、コリー役には舞台経験のほとんどない森田晶子さんを選びました。経験豊富な共演者、曲者、強者に囲まれながらも、全く物怖じせず(?)ぶつかっています。彼女の存在にかなり助けられてます。
本番まであと2週間ほどになりました。
シアターZOOに、ニューヨークのアパートメントが現れます。乞うご期待。